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東京地方裁判所八王子支部 昭和38年(ワ)377号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕次に原告主張の第三の解除原因についてみるに、<証拠>を綜合すれば、被告塚本は昭和二八年中本件賃借地上に自己所有建物(目録(二)記載の本件建物)を本建築するに当り、前記奥村の件もあつて危惧する原告に対し、賃借権の無断譲渡転貸をしないことを誓約し誓約書(甲第一号証)を差し入れたという特殊事情があること、昭和二九年頃内縁関係の後妻粟屋ソノを本件建物に入居せしめ同棲して飲食店を経営したが、その後高血圧のため健康を失い自ら経営に当ることができなくなり、本件建物も借財の担保に入り経済的に破綻したので、昭和三五年一〇月頃立川市に転出し、同業者訴外小倉和四郎の世話で、被告中本栄子が入居して「なか本」の屋号で引続き飲食店を経営するとともに被告塚本は内妻ソノを店に通わせて共同経営に当らせることとなつたが、両女性の間にマダム争いとなつて結局ソノは手を引き被告塚本の看病に専念することとなつて、爾後小倉および被告中本の経営するところとなり、被告塚本は被告中本に対して全く不信の念を懐く一方、経営の自主性を喪失し、本件建物並びに本件土地の使用収益は右両名によつて収奪され、被告塚本は健康上もまた経済的にもこの状況を阻止し是正し回復することができないでいること、経営者たる立場を回復したいという意欲はありながら借財の整理もつかず回復の見込みと能力がないこと、昭和三六年三月分以降弁護士中島長作を代理人として地代の弁済供託が継続されているものの、被告塚本本人は地代さえ供託していればたとえ本件土地を現実に自己が使用収益していなくてしかも右のように自己回復の見込みや能力がなくても、賃借権はそれ自体一つの財産であるという態度を持し、原告の示談の申入れに対し容易に応じないところがあること、被告塚本は以上のように立川市に転出し本件土地建物の使用について前後策を構じたことについて原告に全然通知も連絡もせず全く無断で行動したこと、当時被告中本も原告の調査に対し、被告塚本の所在を知らぬというのみであつたため、原告としては被告塚本が前記誓約に違背して本件土地賃借権を無断転貸または譲渡して所在をくらましたと解釈する他なかつたので、賃貸借関係継続の意思をなくし、被告塚本に対する賃貸人としての信頼の念を全くなくするに至つたこと、現在原告は建物買取り程度の示談の意思を有するが金額が折り合わず、賃貸借関係継続の意思は全く持たないこと、を認めることができ、以上の認定を覆えすに足る証拠はない。

およそ土地賃貸借契約は当事者相互の信頼関係を基礎とする継続的契約であるから、その信頼関係が破壊されているにかかわらず契約関係を有効に存続させることは不相当であり不合理であり、信義則に反する。その信頼関係というのは客観的な法的関係であつて、当事者の主観そのものではないから、当事者が個人的主観的にいかに深刻に相手方に対する対人的信頼の念を失い不信の念が抜きがたくなつていても、未だ必ずしも信頼関係が破壊されたとはいえないが、社会通念に照らして客観的に判断してみて顕著な背信性が当事者相互の客観的関係の中に認められるときは、信頼関係は破壊されているのである。その場合でも、その背信性が公序良俗違反の程度に達し契約の当為失効といわねばならない特段の場合は別として、その契約関係を法律上当然に終了消滅せしめるものではなく、その消滅するか否かは、当該契約当事者の意思の自由に委ねられるべきであるが、要するに信頼関係の破壊による不利益を蒙る当事者がその意に反して不利益を甘受することを強要されてはならないから、当該当事者には契約解除の権利が与えられるべく、この解除権はひつきよう債権法の法理によつて認められるものとすべく、本質上将来に向つて効力を生じ且つ催告を要しないものというべきである。

これを本件についてみるに、前認定の事実によれば、被告塚本は原告に無断で本件土地赤斜線部分を第三者に使用収益させる結果を招来し、現状においては誓約に違反し実質的に本件土地賃借権の無断譲渡転貸が行われたと異るところがなく、しかも回復の見込みの容易に認められない事態にあつて客観的に顕著な背信性が認められ、原告との間の信頼関係は既に破壊され原告に前叙の契約解除権が発生しているものと解せられる。そうであつてみれば、原告が被告塚本に対し本件最終口頭弁論期日において法廷においてなした契約解除の意思表示は有効であり、本件土地賃貸借は右期日たる昭和四〇年三月三一日右解除によつて直ちに消滅し、冒頭一に認定した被告塚本、中本両名の本件土地占有は爾後正当占有権原を欠くに至り不法の占有となつたものである。(立岡 安正)

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